映画「チョコレートドーナツ」を見た

久しぶりに洋画を見た気がする。というより、映画全般でも久しぶりだな。

最近、映画を見たって言ったら、2019年7月にミュウツーの逆襲EVOLUTION以来だな。HELLO WORLDを見に行こうとも思ってたのだけど、友達が体調不良続いていたし、私も同じように風邪なのかアレルギーなのか調子崩していたし、というより近所でもやってないわ、遠方行かないといけなかったで断念。いずれ、Amazonprimeにきてくると嬉しい。アニメ映画もあるからなぁ。

あ、そういや、空の青さを知る人よも見たいんだよなぁ。これなら、まだ上映中だろうし。友達と観に行きたいなぁ。

 

さて、今回のタイトルにあるチョコレートドーナツは、レンタルで見ました。

このチョコレートドーナツは、薬膳でセルフケア めざせ!仙人lifeのぺんたん (id:senninlife)さんに教えていただいて見る事にしました。ぺんたんさんが事前情報になしに見たとのことだったので、私にも、事前情報なしに見て欲しいとおすすめされたので、ネットで調べもせず、レンタル屋でもパッケージ裏の詳細など見ないようにして借りてきました。ぺんたんさんは、薬膳だけではなく、音楽、映画、本にもお詳しい方なので、コメントで会話されると色々教えてくださるかもしれません。

www.senninlife.com

 

というわけで、ここからは、ネタバレを含む、感想と大まかに話紹介!

うろ覚えのところがあるので、もしかしたら時系列など間違っているところがあるかもしれません。観たのが、4日前だから、忘れてきてしまった記憶をなんとか思い出しています。2回目見たいけど、小説の執筆とか絵描きたいとかもあるし!Twitterには、文字数も関係して、大したことメモしていないし!!

これから、見る予定のある方は、見ない方がいいかもしれません!!

見ても構わない方は、スクロールして、続きをご覧ください!

舞台は1979年、カリフォルニア。シンガーを夢見ながらも口パクのショーダンサーで日銭を稼ぐルディの視点から始まる。そこへ客として、出会う女性と結婚をしたものの自身はゲイであると気づき隠して生きる弁護士のポール。ルディの歌に夢中になった、ポールは、ルディにどうして、ここで働いているかを聞くと、ルディは歌を歌って答える。歌に聞き惚れて、同じ質問をされたポールは、弁護士となって、世の中を変えたいと答え、ルディに名刺を渡して帰る。

 ルディがアパートに帰ると、音響機器から大音量の音楽が聞こえ文句を言うが、逆に女性におかまだとか馬鹿にされ、改善もせずそのまま扉を閉められる。ふと、廊下を見ると人形が落ちている。その人形は、この大音量の音楽を流す部屋の住人の子供のものだった。その人形を渡すために、あと音楽の文句も言うために、またもノックする。

そして、女性の子供、ダウン症を持ったマルコに人形を返す。この人形は、リカちゃん人形のような、長い髪の女の子を象った人形だ。

朝になっても、大音量は続く。再び、文句を言いにいくと扉が開いている。

開けてみると、マルコだけが残されていた。子供だけ残されて危ないと、ルディの部屋にマルコを匿うことにした。朝食をとるところだった、ルディは、何が食べたいか、マルコに聞くと、チョコレートドーナツが食べたいという。栄養バランスが悪いと怒るルディ。虐待ではないかと考えるルディは、知り合ったポールの職場に電話をかける。

しかし、出てもらえず、直接、ルディはマルコを連れて乗り込みに行く。しかし、相談をしても、家庭局に相談しろと言われ、帰される。アパートに帰ると、マルコの住む部屋に、見知らぬ人物が。家庭局の者だった。何故いるかを問うと、母親が危険薬物所持で逮捕され、家庭局が引き取るためであった。家庭局の者は、荷物をまとめるように言うと、あっさり荷物をまとめるマルコ。最初は止めたが、忘れものだと言って、人形を手渡すルディ。

家庭局に引き渡されてからしばらくしての、仕事帰り、ルディとポールは、マルコが街を1人で歩いているのを見かける。マルコを引取り、家庭局にも連絡せず、これから、3人で住むことを決意する。ポールの弁護士としての知恵を借り、母親から、逮捕されている間の監護権を認めてもらい、3人の生活は始まる。一緒に食事を楽しむ。ルディは、晩御飯にチョコレートドーナツは栄養が悪いからダメだと母親のように怒るが、たまには良いだろうと甘やかす父親のように与えるポール。チョコレートドーナツを食べたマルコはとびきりの笑顔を見せる。寝る前は、読み聞かせをしてほしいとルディに頼む。ルディは家に本がないからと即興で物語を作る。魔法使いマルコの話だ。ポールの職場の人から、ホームパーティーのお誘いを受けた。そこで、ノリノリのダンスを披露するマルコ。ハロウィンでは、仮装を楽しんだ。フランケンシュタインのマルコに、フランケンシュタインの花嫁のルディ。また、ポールはルディのためにデモテープを作るように録音機をプレゼントした。デモテープが完成すると、受かるようにデモテープを封入した封筒にキスのおまじないをしていくルディ。マルコにもするように促し、おまじないをする。マルコを学校にも通わせた。そこで、先生の指導や家に帰ってからのポールが宿題の面倒を見るなどにより成績がぐんぐん伸びるマルコ。一緒に過ごして1年が経った。

しかし、このまま続くかと思った幸せなひと時は突然終わりを迎えてしまう。マルコを家庭局に連絡しないで匿っているとポールの上司に連絡され、裁判を起こされる。裁判で、ポールは、今まで愛情を注いできたから引き続き育てていきたいと訴える。しかし、ルディとポールは、ゲイと公言すれば不利になるからと、いとこ同士であるとしていたのがバレて、ゲイカップルだとバレてしまう。そこで、裁判では、やたらと質問がゲイに差別的なことが投げられてしまうが、応戦するポール。さらに、ルディやポールの知り合いが証言者となり、

彼らはマルコを愛情をもって育てた2人だと認める証言をした。しかし、裁判は、

愛情を注いだ一方で、悪影響を及ぼしたとして、ルディとポールに敗訴を言い渡して、家庭局へ引き取られた。

 

そして、今度は、母親が、解放され、マルコの監護権を返せと請求してきたのだ。

ルディとポールは、まだ戦うとして、黒人の弁護士を頼り、裁判を起こすも弁護士の奮闘もむなしく、結局、また負けてしまった。

マルコは、母親に引き取られ、ルディとポールはマルコとの関係を引き裂かれてしまう。永久にマルコに会わないようにする権利も求めたからだ。

そしてマルコは薬物依存の母親の元に戻るが、薬物と薬物を与える男との関係に夢中になり、マルコに廊下に出ているよう指示する。だが「家」を探してマルコは脱走。三日三晩外を彷徨い、橋の下で亡くなってしまう。ポールはマルコの亡くなった事が書かれた新聞記事を、裁判の関係者に送るのだった。そして、デモテープが採用された店で、

ルディは悲しい曲を綺麗な歌声で歌い上げるのだった。

 

では、ここから、感想。

この映画が扱った時代、1970年代は、まだまだLGBTに厳しい時代だった。現代でも未だに差別が続き、奇異な目で見られるとか、差別は続いている。特に法律は時代に追いついておらず、産みの親だとか、男女の夫婦のもとで育てることこそが自然という考えに基づいている。私は産みの親より育ての親と考える。2人は、世間の言う親そのものであった。食事、楽しい遊び、勉強。共に過ごした日々は家族そのものだった。また、マルコに向ける目も優しい慈愛に満ちた眼差しだった。ダウン症で免疫が弱く病気がちでも理解し、眼鏡だとか治療にも通わせ、育てる覚悟もできていた。だけど、世間の偏見と法律が、3人を引き裂いた。国が違うと法律もまた違うが、法律というのは、誰もが平等に幸せを求められる権利を要求できるものであることは共通している。劇中でも平等に幸福を求める権利が誰にでもあるという言葉はあった。しかし、悲しい結末で終わった。マルコが家を探して彷徨っている時、またルディとポールがマルコを見つけ出して保護して、3人で仲良く暮らす結末だと期待したのに、甘いタイトルに反して、ほろ苦い結末であった。最後に流れたルディ役の俳優さんが歌う歌の歌詞、歌声自体も映画の内容を表現していてとても綺麗であった。

子供というのは結局のところ、社会全員で育てるものだ。日本の共同体においても、虐待だとか、育児放棄された子供は面倒見の良い者が育てる文化があった。

忘れられた日本人 (岩波文庫)

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日本人のしつけは衰退したか (講談社現代新書)

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また、昔の日本は同性愛に寛容だったというのもよく聞く。実際、 男色など、同性愛を示す言葉が存在しているとか、歴史の芸術作品や経典の記載などから同性カップルがいたことは確認されている。さらに踏み込んで、同性カップルが子供を育てていたというのは目にしたことがないが、おそらく現代にもあるように、同性同士でも子供を育てたいという気持ちを持つカップルも存在していたのではないだろうか。

これからの時代、歴史の良い部分を思い出し、法律が追い付いてさらに、世間の理解が広まって、多様性のある社会になっていったらいいなと思った。こういう懐古主義や復古主義ならばあっても良いと思う。

甘いチョコレートドーナツを食べれば、幸せな気持ちが増えるけど、同時に穴の部分が広がりなくなってしまう悲しさが募る。マルコはチョコレートドーナツで例えられていたのだと思う。マルコとの幸せな日々というチョコレートドーナツが2人の前に現れ、味わっていたらなくなってしまう。しかし、世間からは、おかわりしてこれ以上食べる権利はないと言われ剥奪される。そんな例えとマルコの好物であったチョコレートドーナツをかけたのかなと思った。私もチョコレートドーナツを食べるたびに、この気持ちを思い出すかもしれない。